大きな訃報が、芸能界に静かで深い余韻を残している。
1日、キャスターとして日本のテレビ史を変えた久米宏さんが81歳で逝去。
その悲報に、数多くの著名人が胸の内を語る中、タレントの三田寛子(59)がTBSラジオ「パンサー向井の#ふらっと」に生出演し、忘れられない“ある出来事”について静かに語った。
それは今から40年以上前。
当時まだ10代だった三田が、情報番組に慣れない中で経験した “人生最大級の大失態”。
そして、その裏側で見せた久米宏さんの「人としての温かさ」に触れた瞬間でもあった。
三田が話し始めたエピソードは、信じられない展開から始まる。
――「ニュースステーションの生放送に、私、行かなかったんです」
いまでこそ笑って話せるが、当時の彼女にとっては心臓が止まりそうな事件だった。
スケジュール管理が紙だった時代。
複雑に重なる仕事の中で、マネージャー側の記載漏れによって「ニュースステーション出演」の予定が三田の手元に届いていなかったという。
その日の夜。
三田は京都から来ていた母と自宅におり、仕事を終えてお風呂に入っていたという。
そこへ母が慌てた声で言った。
「寛子、テレビで久米さんが“来はりません”って言ってるよ!」
何を冗談を言っているのかと半信半疑でテレビを見ると、画面には久米宏アナが険しい顔でこう語っていた。
「おかしいんですよね。今日は三田寛子さんをお呼びしているのに、いらっしゃらない。これは行方不明、大変な問題です」
生放送で“行方不明扱い”。
「血の気が引いた」と三田は語る。
全身びしょ濡れのまま髪を乾かし、タクシーへ飛び乗った。
スタジオに到着すると、スタッフが入口で待ち構えており、必死に走り込むと、すでに番組はエンディング――。
逃げたい気持ちと、怒られる覚悟で立ちすくむ三田。
しかしその瞬間、久米宏さんの言葉が彼女を救った。
「良かった。行方不明のまま終わらなくて」
厳しい叱責を覚悟していた三田。
だが久米さんは、まず彼女の気持ちを汲み取った。
「大変だったでしょ。いちばんビックリしたの、あなたでしょ。来てくれて良かった」
怒りではなく、労いの言葉だった。
この思い出を語りながら、三田の声は徐々に柔らかく、そして少し震えていく。
久米宏という存在は、ただのキャスターではなかった。
“叱らず、まず寄り添う”――そんな優しさを持った人だったのだ。
番組終了後、スタジオを出るスタッフも視聴者も、その余韻に包まれた。
久米宏さんがテレビに残したものは、ニュースの伝え方だけでなく、「人にどう向き合うか」という姿勢でもあったのだと。
三田は最後にこう語っている。
「久米宏さんは、毎日のようにテレビにいて当たり前の存在でした。その方が天国へ行かれたということが、ぽっかり穴があいてしまったようで…」
失ったものの大きさを感じるとともに、彼が残した“温かい記憶”が確かに胸の中に生き続けていることが伝わる語りだった。
そしてこの話には、まだ続きがある。
久米宏さんの業界での“本当の影響力”について、関係者の証言がいま静かに語られ始めているのだ。
その裏側――次の記事で詳しくまとめる。
1日、キャスターとして日本のテレビ史を変えた久米宏さんが81歳で逝去。
その悲報に、数多くの著名人が胸の内を語る中、タレントの三田寛子(59)がTBSラジオ「パンサー向井の#ふらっと」に生出演し、忘れられない“ある出来事”について静かに語った。
それは今から40年以上前。
当時まだ10代だった三田が、情報番組に慣れない中で経験した “人生最大級の大失態”。
そして、その裏側で見せた久米宏さんの「人としての温かさ」に触れた瞬間でもあった。
三田が話し始めたエピソードは、信じられない展開から始まる。
――「ニュースステーションの生放送に、私、行かなかったんです」
いまでこそ笑って話せるが、当時の彼女にとっては心臓が止まりそうな事件だった。
スケジュール管理が紙だった時代。
複雑に重なる仕事の中で、マネージャー側の記載漏れによって「ニュースステーション出演」の予定が三田の手元に届いていなかったという。
その日の夜。
三田は京都から来ていた母と自宅におり、仕事を終えてお風呂に入っていたという。
そこへ母が慌てた声で言った。
「寛子、テレビで久米さんが“来はりません”って言ってるよ!」
何を冗談を言っているのかと半信半疑でテレビを見ると、画面には久米宏アナが険しい顔でこう語っていた。
「おかしいんですよね。今日は三田寛子さんをお呼びしているのに、いらっしゃらない。これは行方不明、大変な問題です」
生放送で“行方不明扱い”。
「血の気が引いた」と三田は語る。
全身びしょ濡れのまま髪を乾かし、タクシーへ飛び乗った。
スタジオに到着すると、スタッフが入口で待ち構えており、必死に走り込むと、すでに番組はエンディング――。
逃げたい気持ちと、怒られる覚悟で立ちすくむ三田。
しかしその瞬間、久米宏さんの言葉が彼女を救った。
「良かった。行方不明のまま終わらなくて」
厳しい叱責を覚悟していた三田。
だが久米さんは、まず彼女の気持ちを汲み取った。
「大変だったでしょ。いちばんビックリしたの、あなたでしょ。来てくれて良かった」
怒りではなく、労いの言葉だった。
この思い出を語りながら、三田の声は徐々に柔らかく、そして少し震えていく。
久米宏という存在は、ただのキャスターではなかった。
“叱らず、まず寄り添う”――そんな優しさを持った人だったのだ。
番組終了後、スタジオを出るスタッフも視聴者も、その余韻に包まれた。
久米宏さんがテレビに残したものは、ニュースの伝え方だけでなく、「人にどう向き合うか」という姿勢でもあったのだと。
三田は最後にこう語っている。
「久米宏さんは、毎日のようにテレビにいて当たり前の存在でした。その方が天国へ行かれたということが、ぽっかり穴があいてしまったようで…」
失ったものの大きさを感じるとともに、彼が残した“温かい記憶”が確かに胸の中に生き続けていることが伝わる語りだった。
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<ツイッターの反応>
(出典 @TBSR_PR)
TBSラジオ
@TBSR_PR【#TBSラジオ 各番組パーソナリティから】 『パンサー向井の#ふらっと』では 久米宏さんとの思い出を三田寛子さんが語りました。 radikoでお聴きいただけます。 👉radiko.jp/mobile/events/… #ふらっと954 x.com/flat954/status…
(出典 @kindcubkumachan)
西川口のクマちゃん
@kindcubkumachanワタスが中学〜大学の頃で一番好きなアイドルは三田寛子さんでレコード販促サイン握手会にも4回行って本人にも会っているけど、歌の方はベストヒットトップ10にはなかなか入らなくて「ザ・ベストテン」に出る機会があったかどうかも定かでは無いのが残念だったなぁ。








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